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カテゴリ:遺言 の記事リスト(エントリー順)

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kage

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言葉よ、今日一日僕たちを励ましてください。

kage

2015/07/10 (Fri)

前回の検査でとりあえず「まだガンではない」という結果が出て安心したのも束の間。

梅雨の湿気が酷いのと、エアコンつけるようになったせいか風邪をひきまして、ずっと寝込んでました。
エイジ・オブ・ウルトロンがようやく公開になったのに!地元のシネコンでやってるのに!!
まだ微熱が下がらないんで行けません…。来週熱が下がったら行っていいそうです。

最初、喉の右側に変な痛みがあったんで「喉に転移か再発か」と疑ったんですよ。
正直怖かったです。手術できない箇所にガンができると、放射線治療しかないんですよね。
そういう治療を続けた甲斐なく亡くなったお姉さまの話を、退院後に聞いたりもしてるんで、これは怖かった。

幸い1週間、近所の内科で処方してもらった風邪薬飲んでたら喉の痛みは治ったんで、やっと生き返った心地がしておるところです。
頭部周辺に何か違和感や痛みを感じるたびに「ガンか」って怯える生活はもう、一生続くんですかね。
その程度のことで屈する気にはなりませんが。ただ「怖いな」っていう。笑。
怖いものは怖いんだからしょうがないよ!!


でもって、寝てる間にNumberのスポーツ漫画特集号をつらつら読んでたら、松岡修造のバイブルが「エースをねらえ!」だったことを知って、なるほど腑に落ちましたの巻でした。
エースは今の修造を形成している哲学書で、試合のたびに、全巻カバンにつめて持って行ったそうな。
超わかる。これが僕の心臓の音。



私もエースは哲学書だと思っていて、特に宗方の台詞は好きなのがいっぱいあるんですけど、その好きな台詞がなんと修造と一緒だったんで、記念に記しておきます。
修造とわたくし、燃えポイントが似てるのかな…。
羽生さんに対する想いとかも、相当かぶる瞬間を感じますし。
あ、有名な福田雅之助の「これを庭球する心という」のほうは外しますね。宗方の言葉のほうを。



この世のすべてに終わりがあって
人生にも試合にも終わりがあって
いつと知ることはできなくても
一日一日一球一球
かならず確実に
その終わりに近づいているのだと
だからきらめくような生命(いのち)をこめて
本当に2度とない
この1球を精いっぱい打たねばならないのだ


宗方仁「エースをねらえ!」より



これを真理として突き進む青春でありたかったけど、私がエースを読んだのは、子供の頃に抱いてた夢を諦めて、妥協した社会人になってからなんで、色々遅かったですね。
いや、追い続けてる生き様がある限り、人生に「遅い」はないですけど。
今の私はとりあえず、日々生きることが精いっぱいです。
ガンが再発せずに3年もっていたら、実はやりたいことがあったんですが。

あと宗方の台詞では、これも好きです。


「どの人生も終わるさ」

「夢のようだ。だがこの27年が、人の80年に劣るとは思わない。」



確実に待っている「終わり」に向かって、いかに毅然と歩いていけるか。
そのへんは永遠の課題だなあ。今はまだ一足ごとに挫けます。

言葉よ、今日一日僕たちを励ましてください。


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物は壊れる 人は死ぬ 三つ数えて 眼をひらけ

kage

2015/06/15 (Mon)

生きている限り、最も多くの人が一番「怖い」と感じるものは「死」だと思うんですが。
「明日にも視力を失うかもしれない」状況が続く1年間というのも、超こわいです。マジ怖い。

特に自分で絵を描いたり文章を書いたりし続けて生きてきたオタクにとっては、失明は死亡宣告に等しいですから。
まあちょっと考えてみてくだされ。
明日。
起きたら突然目が見えなくなっていると仮定すると、世界はどう一変するか。

・先週まで見ていたドラマやアニメの続きが見れなくなる。
・公開を楽しみにしていたあの映画もこの映画も見れなくなる。
・いつも買っている漫画や小説の続きが読めなくなる。
・大好きな人やものの姿を、見ることができなくなる。

それ以前に明日から仕事どうすんだとか、日常的なアレコレあるやろ、という問題全部抜いても、これだけの痛手ですよ。
幸いにも耳は聞こえるんで「音楽」という砦は守られますけど。
「目が突然、永久に見えなくなる」これ怖いでしょ?
しかもその日が、いつ来るのかわからんわけですよ。

脳の腫瘍を手術で取り除かない限りは、その日は遅かれ早かれ確実にやってくる。
視野はだんだん狭くなり、ものの見え方も、徐々におかしくなっていくのが自分でもわかる。
でも「失明=死」ではないから、手術や治療は、もちろんガンのほうが優先される。
死ぬのだって怖いけど、目が見えなくなるのも。

マジ怖いからね????

前も闘病記録で書いたと思うけど、重ねてしつこく何を書き留めておきたいかというと。
「目が見える」ということは、それだけでとてつもなく幸せなんだってことです。
「見たくねぇ」とか「目が腐る」とかいう贅沢な文句も、目が見えるから言えるんで。

ぶっちゃけガンになってPET検査やってなかったら、東京の眼科の医師たちの「ストレスです(※定型文)」という診断を「そうかストレスか」と信じ続けたまま、普通に突然失明してたんで、腫瘍に近い場所がガンになったのはラッキーだったとすら、今となっては思います。

あと「ストレスです。」と断言して、目薬だけ出して患者を帰した眼科医全員失職しろ。

改めてここにも書きますが

「あー、なんか目がおかしいな~(左右で見え方が違う、色がおかしいなど)」→
眼科へ行く→
「ストレスでしょう。」と医者に目薬わたされる



この工程を、異なる眼科で3回繰り返したら、念のため脳神経外科へ行きましょう。

これ遺言ですから。

若いお嬢さんがた特に。
20代30代で、突然視力失って生きたいですか?目はほんと大切にね!!!

だから私は今日も、手術が間に合って視力が守られたこと、今こうして目が見えることに日々感謝して生きています。
世界には目を覆いたくなるようなものも確かに溢れているけど、特にテラフォーマーズに出てくる人類の敵であるところの黒い虫とか、日常生活の中で一生見なくていいと正直思いますけど。

カーテンを開いて~♪静かな木漏れ日の~♪やさしさに包まれ…

…なくたって、目に映るすべてのことは、普通に日々メッセージだと思います。
できる範囲でいいから、日常からのメッセージを見逃すことのないよう。
目を開いて、大好きな人やものを、この目で見つめて生きていきたいです。




「愛していると伝えてください。彼女はわかっているけれど」

kage

2015/03/16 (Mon)

こういう病気をしましたので。

いつ再発・転移するかわからないし、あるいは別の病気で死ぬかもしれない。
もしくは不慮の事故や災害にみまわれるかもしれない。
幸か不幸か、明日も生きてる保証は何もないことは闘病生活のうちで悟ったので、遺言めいたことをふとメモりたい時は今後、このカテゴリに残していくことにしました。

今までは映画やら漫画やら、その時々の興味の対象ごとにブログをいくつも使い分けてきましたけど、闘病前から全部放置状態になって、結局このブログの更新だけに落ち着いたので。

まあ独り言です。誰に届ける意図もなし。
元々ここはオタク系の近況報告ブログだったんで、リア友はこのブログ周辺の存在は知らないし。
バレてももういいけどね。もういいんだ。




母親の話をします。

日経平均が15年ぶりに高値水準を回復したんで、ああ良かったねって話をふったんですが。
「株なら全部手放したよ」
とあっさり言われたんですね。
「私が持ってるものは全部手放しますから、あんたを助けてくださいって神様にお願いしたから。もう何も持ってない」

なんだそれですよ。
絶対売らなーいって株だけを残してたハズなのに、私の闘病中に全部売っちゃったんだそうです。
「もう少し待ってればね。もったいないけど、でもお願いしたから」
母はふいに天井を見つめて、泣き出しそうなのをこらえながら言いました。


「あんたがベッドで寝てる間、泣きながら神様に何万回もお願いしたよ。
この子の病気は全部私がかわりますから。
苦しい病気は今すぐ全部、私の体に移してくださいって。
もう何万回お願いしたかわかんない。
いつだったか、公園でずっと座り込んで泣いてたら、知らないおばあちゃんが来て。
奥さん、生きてれば報われる日が来るよって慰められた。
代わってあげることはできなかったけど、あんたが生きてればもう何もいらない。」


私は正直、母が深刻な病気になったとして、その苦しみを引き受けようとまでは絶対に思えないです。
これについては簡単な言葉で感情を表せないので、
「母親ってスゲエ」
という単純な言葉のみ記しておきます。

母とは高校時代に不仲になって、長年まともに会話をすることすらなかったんですが。
私が病気なったことで、もう一度、子供の頃みたいな「本当の親子」に戻ることができました。
二十代の頃は、親子関係なんて二度と修復することはないだろうと思ってたんですけどね。
命をかけたら、この年齢になって「親」というものを取り戻すことができました。
リンパ節郭清後は頭おかしくなりかけて「ああ死ぬかもな」と思ったんですが、実のところ「少なくとも両親と和解できたから死んでもいいか」とも思いました。
私が闘病を経て勝ち取った最も大きなものは、「本当の家族」なんでしょう。
だから今、凍えた家族関係に苦しんでいる人は「いつか解決する時がくるかもしれない」と信じて生きるのもアリかもしれません。
それはたぶん、命懸けの大仕事になるけどね。

さて。そんなマイおかんはDavid Bowie狂なんですけども。
「そういえばBowieの曲で何が一番好き?」
みたいな話を、今までしたことがなくて。
私はあんまボウイに思い入れないんで、ふつうにSpace Oddityなんですけど。
WOWOWでやってた特集を一緒に見てた時に聞いてみたら。
「あー。やっぱSpace Oddityだなー」
とのことでした。めちゃくちゃ普通だな!
年季の入ったBowie信者なら、もっと「そこ??」みたいなのがくると思ったんですが。

というわけで大山母子が一番好きなデヴィッド・ボウイの曲は、ふつうにSpace Oddityでした。笑。
ちょうど闘病中に話題になった、クリス・ハドフィールド船長のカヴァーを母は知らないので、そのうち聴かせてやろうと思います。



"Tell My Wife I Love Her Very Much, She Knows"

"Our commander comes down back to earth, and knows"



後日談

母にこの動画を見せたら感激して泣いてました。
そのあと自動再生で始まった本家のMVで、お母やんによるSpace Oddityカラオケ大会がおっ始まりました。
ヘッドフォンで聴きながら歌い出したんで、自分の声のデカさに気付いてなかったです。
音痴なんで音は外れっぱなしでしたけど、大熱唱で超気分良さそうでした。

ありがとう船長。

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